「五戒」とは仏教において、在家信者が守るべき五つのいましめのことで、古くインドで仏教が盛んだったころから仏教徒の行動規範とされてきたものです。日本に伝来して、この「五戒」はさらに拡充されて「十善戒」となりましたが、基本的には共通した内容といえます。
「五戒(インドの古典語サンスクリットでパンチャ・シーラ)」とは 1、不殺生 2、不偸盗(ちゅうとう) 3、不邪淫 4、不妄語 5、不邪見(不飲酒) の5項目です。
ところで、昭和五十三年(一九七八)八月十二日、日本と中国との間で日中平和友好条約が結ばれました。この条約の第一条に「平和五原則」が盛り込まれています。 その「五原則」とは、
(1)主権及び領土保全の相互尊重
(2)相互不可侵
(3)内政に対する相互不干渉
(4)平等及び互恵
(5)平和共存
の五項目です。そしてさらに「両締約国は(中略)すべての紛争を平和的手段により解決し武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する」と記してあります。 覇権主義を認めず、恒久平和の理想を高く掲げた協定となっています。
この平和五原則は、もともと、第二次世界大戦が終結して九年が過ぎた昭和二十九年(一九五四)に中国の首相周恩来とインドの首相ネルーが、両国の共同声明として発表したものです。インドではヒンドゥー語でパンチ・シーラと呼ばれています。 これは、最初ネルー首相が提唱し、周恩来首相が了承したものだといわれています。ネルー首相は、仏教の人間の行動を規定する教義(五戒)を国家的・国際的水準にまで高めることをめざした、と見ることもできます。
その後、この「平和五原則」は、中国とアジア諸国、旧ソ連および旧東ヨーロッパ諸国とアジアの非共産主義諸国家との間にも適用され、さらに、昭和三十年(一九五五)にインドネシアのバンドンで開かれたアジア・アフリカ会議(バンドン会議)でも宣言として採択されました。
平和五原則と仏教の五戒の二つのパンチャ・シーラを対照すれば、次のようになります。
(1)相互の領土の保全・主権の尊重=不殺生戒(生命の尊厳を堅守する)(2)不可侵=不偸盗(侵略・収奪しない)(3)国内問題不介入=不邪淫(相互に敬愛する)(4)平等と共栄=不妄語(虚偽の言葉を口にしない)(5)平和共存=不邪見(現実を正しく認識する)
「パンチャ・シーラ」の精神は日本国憲法9条の精神そのものといえます。
「平和5原則」は、今後の平和的な国際関係を築く上で、ぜひとも復活させてほしいものです。